2027年1月にこどもNISAが始まります。年間60万円・累計600万円まで非課税で積み立てられる制度です。
親としての最初の反応は「枠を埋めたい」でした。夫婦それぞれのNISA枠(年間360万円)でさえ使い切れていないのに、新たに子ども分の枠まで追加されると頭が追いつかなくなりそうです。でも、制度として使える以上、使わない理由もない。
ただ同時に、もう一つの問いも浮かびます。「子どもに運用益ごとまとまったお金を渡すと、子供は社会的に弱くなるのではないか」と。
この2つの問いをセットで整理してみます。
まず計算する——0歳から積み立てると18歳でいくらになるか
こどもNISAは年間60万円(月5万円)が上限で、累計600万円まで積み立てられます。つまり10年で枠が満額になります。
0歳から始めた場合、10歳で積立完了。その後8年間は積立なしで運用継続し、18歳で成人NISAへ自動移行します。
元本600万円を10年積み立て+8年放置した場合の試算(月5万円)
| 想定年率 | 10年後(積立完了時) | 18歳時点 | 利益 |
|---|---|---|---|
| 年率3%(保守的) | 約699万円 | 約885万円 | 約285万円 |
| 年率5%(中程度) | 約776万円 | 約1,147万円 | 約547万円 |
| 年率7%(積極的) | 約865万円 | 約1,487万円 | 約887万円 |
年率5%は、全世界株式インデックスの長期平均リターン(物価調整なし)として参照される数字です。過去の実績から「ありえない数字」ではありませんが、将来を保証するものではありません。
元本600万円が18歳時点で約1,000〜1,500万円になる可能性がある——これが「時間を味方につけた長期投資」の現実です。
さらに、18歳以降も成人のNISA枠(生涯枠1,800万円から600万円を差し引いた1,200万円が残存)として引き続き非課税で運用できます。30歳まで手をつけなければ、年率5%で約2,060万円になる計算になります。
「お金をもらいすぎると、子供は弱くなる」は本当か
シミュレーションで「1,000万円超」という数字が出ると、次の疑問が浮かびます。
18歳の子どもに突然1,000万円以上の資産を渡したとき、何が起きるか。
この問いに関する研究は複数あります。米国のHoltz-Eakin, Joulfaian, Roseni(1993年)による研究では、遺産を受け取った人は受け取っていない人と比べて、労働供給が統計的に有意に低下することが示されています。「お金があると働かなくなる」というのは、直感とも一致する傾向です。
心理学の分野では、Deci & Ryanの自己決定理論が示す「動機づけのクラウディングアウト」が参照されます。外部から与えられた報酬(この場合はお金)が、内発的動機——自分でやりたいからやる、という気持ち——を損なうことがあるという研究です。
さらに、ドウェック(Carol Dweck)のマインドセット研究では、苦労や困難を乗り越える経験が「成長型マインドセット」を育てることが示されています。最初から資産があると、その「苦労する経験」の密度が薄くなる可能性があります。
これらの研究が示唆するのは、「何の制約もなしに大金を渡すと、子供の自律性や内発的動機が育ちにくくなるリスクがある」ということです。
でも「お金がないと選択肢が狭まる」という現実もある
一方で、逆の視点も無視できません。
体験格差の記事でも触れましたが、スタートラインの差は現実に存在します。大学進学費用・留学費用・住宅頭金・起業資金——将来の選択肢の幅は、ある程度「持っているお金」に依存します。
「子どもに苦労させたほうが育つ」という考え方も分かりますが、それが「資産を意図的に渡さない」という結論になるなら、それは別の形の判断ミスかもしれません。適切な資産があることで「挑戦できる」ケースは確実にあります。
では、「与えすぎ」と「与えなさすぎ」の間の正解はどこにあるのでしょうか。
バフェットの哲学——「何でもできる額ではなく、何かできる額」
この問いを考えるうえで、ウォーレン・バフェットの言葉が参考になります。
世界有数の富豪でありながら、バフェットは子どもへの遺産を意図的に制限しています。その理由についてこう述べています。
「子どもには十分なお金を残してあげよう。でも、何でもできるほどではなく——何かをするのに十分なくらいを」 (Leave your children enough money so that they feel they could do anything, but not so much that they could do nothing.)
「何でもできる」が「何もしない」に転じるラインを意識して、意図的に制限する。これが「与えすぎの弊害」への答えです。
こどもNISAの場合、0歳から10年積み立てて放置しても、18歳時点での資産は1,000万円前後です。これは東京の4年制大学の学費+一人暮らし費用4年分に近い金額です。「何でもできる」額というより「大学という選択肢を確実に確保できる」額に近い。
つまり目的を「教育費の確保」に設定するなら、むしろ「適切な額」の範囲に収まっている、という見方もできます。
答えは「何を渡すか」より「どう渡すか」にある
「与えすぎる弊害」を軽減する最も有効な方法は、渡す「量」を変えることより、渡す「方法」と「タイミング」を設計することだと、研究者として思います。
「一緒に住んでいる間」にやる——タイムリミットは大学入学まで
ここで重要な視点があります。子どもへの金融教育は、一緒に住んでいる中学・高校生のうちに行うのがベストです。
大学進学で下宿を始めると、日常の会話の機会が激減します。帰省のたびに「さて投資の話をしよう」とはなりにくい。成人してから金融リテラシーを渡そうと思っても、もう手元にいないのです。
タイムリミットは「大学入学まで」——つまり中学・高校の6年間が、子どもと一緒に運用画面を見て、増減の理由を話し合い、お金の仕組みを育てる最大のチャンスです。
こどもNISAの制度では、12歳以上の子どもが引き出しをする際に本人の同意が必要と設計されています。中学入学と同時に「このお金、実はあなたのものでもあるんだよ」と開示するのは自然なタイミングです。
「この株式インデックスがなんで増えているのか」「暴落したとき、どうするべきか」——こういった会話を夕飯のついでにできる環境は、同居中にしか作れません。子どもが「自分のお金」として主体的に意識し始めたとき、そのお金は単なる「もらいもの」から「育てているもの」に変わります。
目的を一緒に設定する
「これは大学の費用のために積み立てている」「将来の家の頭金の一部にする予定だ」という目的を子どもと共有することが重要です。使い道が明確なお金は、動機を損なうリスクが小さい。「なんとなくある資産」と「目的のある資産」では、子どもの向き合い方がまったく変わります。
大学入学・一人暮らし開始時に「引き継ぐ」
一人暮らしを始めるタイミングで、口座を正式に子どもに「引き継ぐ」セレモニーを設けることを考えています。「これまでこう運用してきた。これからはあなたが自分で管理する」という渡し方をすれば、お金と一緒に「責任感」も渡せる。
すでに中学・高校の6年間で一緒に育てたお金なら、「突然もらった資産」ではなく「自分が関与してきた資産」として受け取れます。それが「与えすぎの弊害」を最も自然に防ぐ方法だと思っています。
まとめ
- シミュレーション:0歳から月5万円×10年積み立て(年率5%)で、18歳時点の評価額は約1,147万円(元本600万円・利益547万円)。年率3%でも885万円
- 「与えすぎ」の懸念は根拠がある:研究上、遺産や外部報酬は労働意欲・内発的動機を低下させるリスクがある
- でも「与えなさすぎ」も選択肢を狭める:教育・住宅・起業など、資産があることで可能になる挑戦は確実にある
- バフェットの答え:「何でもできる額ではなく、何かをするのに十分な額」——こどもNISAの満額(〜1,000万円)は教育費確保として見れば「適切な範囲」とも言える
- 「どう渡すか」の設計が本質:中学・高校の6年間(一緒に住んでいる間)が金融教育のゴールデンタイム。大学で下宿してしまうと機会は激減する
- タイムリミットは大学入学まで:中学入学(12歳)を機に開示し、一緒に増減を見ながら育てて、一人暮らし開始時に正式に「引き継ぐ」という流れが理想
「枠を埋めたい」という親の気持ちは正しい。でも同時に「どう育てながら渡すか」の設計も、NISAの制度選択と同じくらい重要だと思っています。一緒に住んでいる今だからこそできる金融教育——それがこどもNISAの最大の副産物かもしれません。