中学受験は幸福に寄与するのか?──エビデンスと構造から冷静に考える

中学受験の塾通いを始めたところですが、この先に待っているものが幸福なのか、かなり疑いつつ悩んでいることを書き出してみます。長ければ記事分かれるかもしれません。

昨今では、中学受験が非常に活発になってきており、世の中が分断されてきているような印象を受けます。

私立の中高一貫校に行く人数が増加し、優秀な子供はそちらに進学するというストーリーが生まれてしまうと、公立学校の学生の質や環境が悪化している気がしてしまうものです。

「中学受験をすれば将来は安泰」「良い大学に行けば幸せになれる」といった環境が今後の日本にはあてはまらないことは薄々みんな考えていて、どう生きたらいいのか分からず不安だけど、新しい王道がない というのが現状なのでしょう。

この記事では 「幸福」 という観点から、中学受験をはじめとした、教育の選択をエビデンスと社会構造の両面から冷静に考えてみます。


中学受験=幸福への近道、という前提への違和感

中学受験は、家庭が多大なコストを払う選択です。

  • 金銭的コスト(塾・私立学費)
  • 親の時間・精神的負担
  • 子どもの自由時間・探索時間

これだけの投資をする以上、「その先に何があるのか」は本来、丁寧に考える必要があります。

ところが実際には、

みんなやっているから
やらないと不利になりそうだから

といった空気で決断されることも少なくありません。

我が家も塾通いはさせていますが、子供時代の記憶がこんなに勉強と競争の記憶しかない状態で良いのか。。と思う側面もあります。(韓国や中国などはもっと熾烈なようですが、欧州や米国はもう少し個人の生まれ持った特性を重視するような印象があるので、どちらかというと後者の考えに近いのかもしれません。)


エビデンスで見る「学歴・進路と幸福」

まず重要な事実(ファクト)として、

日本には「中学受験組と公立組の幸福度を生涯で比較した直接的な研究」は存在しません。

これは、中学受験が家庭の所得・教育熱・親の学歴などと強く結びついており、因果関係を切り出すことが極めて難しいためです。

また、生涯にわたる個人の情報が国民番号のようなもので紐づいたデータがあれば、学術研究等もできるかもしれませんが、日本はそういったデータの整備も遅れているため、国内でそういったきちんとしたエビデンスがないというのは言い切っても大丈夫なレベルだと認識しています。

一方で、幸福研究からは比較的はっきりしたコンセンサスがあります。

  • 学歴や所得は
    一定水準までは幸福にプラス
  • しかしそれ以降は(個人差はあるが) 幸福への寄与は急激に小さくなる
  • むしろ重要なのは
    • 健康
    • 人間関係
    • 自己決定感(自分で選んでいる感覚)

つまり、

難関校 → 難関大 → 高収入 → 幸福
という直線モデルは、エビデンス的にはかなり怪しい、ということだと思います。


医学部偏重は本当に合理的か?

さらに、気になっていることは、日本では高校から大学に進学する際、優秀層の進路が医学部医学科に集中する傾向がある点です。

実際に、医学科に絶対に入りたいという動機があるのであれば、中学受験は絶対的に確率を上げてくれる手段であろうとは思います。

一方で、それ以外の学部・学科であれば、勉強が得意な子であれば、高校からでも挽回可能じゃないか。。という見解です。

さらに、医学科については、冷静に構造を見ると、疑問も浮かびます。

  • 医療は 公的保険・税金を原資にしたビジネス
  • インフレ下では
    • 診療報酬は政治的に抑制されやすい
    • 実質賃金が伸びにくい
  • 労働時間は長く、精神的負荷も高い

海外・国内の調査でも、 医師は所得水準の割に主観的幸福感が特別高いわけではないことが示されています。

努力量・責任・激務を考えると、

インフレ時代に「割のいい仕事」であり続けるのか?

は、決して自明ではありません。


日本の教育制度が抱える構造的な歪み

そして、中学受験とは直接関係しないかもしれませんが、いろいろ調べていると、日本の教育制度も気になってきました。

前倒し学習と「空白の時間」

日本のトップ中高一貫校では、中3で高校内容まで修了 している、という話を聞いて、そこから3年間は探求なのか大学受験対策なのか、何をしているのか、が気になり始めました。

海外であれば「飛び級」や早期進学で処理される超優秀層が、 日本では制度上、立ち止まっているということです。

もちろん、最近は高大連携とかいろいろ活動もありますが、本質的には大学の勉強を習えるわけではないですし、何なら、大学で習う内容も超えて、研究起業など、イノベーションを起こす方向にできるだけ若くして動き出せるようになっていればな。。と余計なことを考えてしまします。

その後、大学で起きていると予想されること

エビデンスはなく、完全に主観ですが、以下のようなことが大学は起こっていると思います。

  • かなりの数が、中学受験合格時が人生の学力のピークで、大学に入ったら普通の学生(中高と比べたら大学の人口増えるので、全体の学力レベルは下がるしかない)
  • 超優秀層は、海外に流出(また、別の努力や支出も)
  • 場合によっては、第一志望の大学に入れなかった、中高一貫校卒よりも高校3年間で急激に学力を伸ばして同じ大学に入った学生の方が、勢いもあって生涯全体で見たら逆転。。なんてことも。

もし、勉強への適性がそれほど高くないのに無理やり長時間学習で下駄を履かせて、中高で深海魚みたいな状態になったり、大学以降の人生で花開かないのであれば、

  • 幼少期から家族総出で
    大きなお金と時間をかける意味は何なのか?

という疑問が残ります。


中学受験にかかる「見えにくいコスト」

中学受験のコストは、学費だけではありません。

  • 子どもが試行錯誤する時間
  • 好きなことに没頭する余白
  • 「自分で選んでいる」という感覚

これらは数値化しにくいですが、
幸福研究では極めて重要な要素 です。


暫定的な結論

ここまでを整理すると、

  • 中学受験は
    幸福の必要条件でも十分条件でもない
  • 合う家庭・合う子どもには意味がある
  • しかし
    「不安だから」「周囲がやっているから」
    という理由での選択はリスクが高い

幸福の観点から見れば、

どれだけ早く、どれだけ上に行くか
よりも
どれだけ納得して選んでいるか

の方が、はるかに重要ではないでしょうか。